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カテゴリ:テレビ( 4 )

懐かしい曲

2011年 02月 22日

昨日テレビを見てたらよく映画などの挿入歌などで使われてる曲がかかって
昨日は9時から「深いい~話」「しゃべくり007」最近お気に入りのバラエティ番組
連続で見てました。しゃべくりのほうに大地真央さんが出ていらして
疲れてるときなんかに聞いてますと言っておられました。
皆さんも1度は聞いてる曲だと思います。聞いてみてね
さよならを教えて 〜comment te dire adieu〜


本人出演
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またまた「ベストハウス123」を見ていての記事です。
今日も涙が止まらない内容でした。そして今気づいたんですが、うちの次男と同じ年でした。

1990年4月6日。有美さんは、父・一夫さんと、母・初美さんの次女として産まれた。帝王切開での出産。数時間後、医師は、父にだけ対面を許した。そこには、重い障害を抱える、赤ん坊がいた。有美さんは両腕と右足がなく、指が3本の、短い左足だけがあった。母と娘の初めての対面。だが、娘の障害は、母の想像を遙かに越えていた。手足のない子をどう育てればいいかわからず、両親は、悩み抜いた末、我が子を乳児院に預けることにした。すくすくと育つ有美さん。しかし、母は、障害を持つ我が子をまだ、受け入れられずにいた。
1年半が過ぎた或る日のこと。母は、信じられない光景を目の当たりにする。有美さんが左足を懸命に動かし、一人でぬいぐるみに服を着せた。この時から、母は有美さんが様々な事を自分で出来るよう練習させた。
その後も、普通の小学校に通えるように毎日学校へ通ったり、許可が出ても、母もずっと付き添わなければ行けなかったりと母の苦労は並大抵のものではなかった。友だちもたくさん出来た。いつもクラスの中心にいた。しかし、高学年になるとすれ違いが起きはじめる。元気で、物おじしない性格が自分の意見を押し通す、わがままなやつと思われるようになった。6年生になると友だちが一人もいなくなり、自分の殻に閉じこもるようになった。それは高校生まで続いていった。そんな、或る日のこと。有美さんの目が或るものに釘付けになった。それはチアリーディング部の練習だった。弾ける笑顔。仲間との絆。そこには、有美さんが失ったものが、全て詰まっていた。有美さんが先生に聞きにいくと、先生は有美さんに音楽機材の操作など裏方の仕事を任せた。そして最後の文化祭、最後のキメのポーズのハートのマークの一番下の部分を有美さんが担当、演技が終わるか終らないか、有美さんの目から大粒の涙がこぼれた、仲間とかなえた夢、そして自分の手となり足となり支えてくれた母、現在有美さんは、OLの傍ら、地元のFMラジオでアシスタントを務めている。そこには、20歳になった娘を見守る、母・初美さんの姿が。さらに、有美さんは詩集も執筆。精力的に活動している。
有美さんブログ←こちらからも書いてらっしょいます。

明日目が腫れてますが、そういうことだと思っててください(^^ゞ本当に感動しました。そして有美さんがパソコンで仕事をしていたのも、うれしかったなと思います。いろんな方応援していきたいです。
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格言

2009年 12月 07日

この頃テレビにはまってますが、毎週月曜に入る
「クリミナルマインド」今夜のテーマは重かった~
子を守る親のすさまじいまでの執念を見せてくれるものでした
毎回最初と最後にある格言を紹介するんです
今日のはたまらなく心に響いたので紹介します。

自らのための行いは死と共に消えるが、
人や世界のための行いは永遠に行き続ける。

- アルバート・パイン(19世紀のイギリス人作家)

なんかうれしくなりました。ほんとこれに尽きるかな~
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日曜劇場 仁

2009年 11月 29日

テレビっこ復活で、今見てるものは、ケーブルテレビのスーパードラマTVチャンネル
「クリミナルマインド」FBIに実在する“BAU”(プロファイラーチーム)の活躍を描いたもの
「ターミネーターサラコナー」有名なターミネーターシリーズのテレビドラマ版、そして
「日曜劇場 仁」幕末の江戸へタイムスリップしてしまった脳外科医・南方仁が、満足な
医療器具も薬もない環境で人々の命を救っていき、その医術を通して坂本龍馬・勝海舟
緒方洪庵ら幕末の英雄たちと交流を深め、いつしか自らも歴史の渦の中に巻き込まれて
いくという、壮大なストーリーとなっています。
とっても楽しみにしてみています。大沢たかおってほんとに演技うまいと思います。
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詳しくはこちらの公式サイトをご覧ください!

それじゃあ
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